以前、あるお客様に、漫画家の方のお話をしたことがあります。
その漫画家さんは、毎日、陰の世界を描いていました。仕事を終えるとローズオットーの香りを嗅ぎ、作品の世界から自分の暮らしへ戻っていく。そういう方でした。
その話を聞いたお客様にも、毎日続けていることがありました。
旦那様の腸ろうのために、ご自宅でチューブを使う処置をされていたのです。処置のときの匂いが強く、毎回、とても大変だったといいます。
その方は、処置を終えると、ローズ、イランイラン、プルメリアの香りを嗅ぐようになりました。
「これは、自分へのご褒美です」
そうおっしゃっていました。
処置の匂いを消すためではありません。旦那様のためにすることを終え、そこから少し離れ、もう一度自分に戻るための香りでした。
一人の漫画家さんが持っていた帰るための儀式が、話を聞いた別の方の暮らしにも、小さな帰り道をつくりました。
香りの話は、ときどき、人から人へ渡っていきます。
そして誰かが、自分に戻るための香りを、見つけます。


